笹本先生に会う(3)

今年、父は84歳になる。先日、世話をする弟から、父の下の歯がぼろぼろと抜けて、一本しか残っていない、と聞いた。

溜め息しか出ない。
年をとる、老いる…とは、そういうことなのだ。
そう思えば、101歳の笹本先生のこの笑顔、華やかさ、頭の回転…再度の骨折にもめげずリハビリに励む気力…奇跡としか言いようがない。
まさに国宝級である。
(聖路加国際病院名誉院長 日野原重明氏は104歳。いい勝負である)

ワンルームマンションのような個室には仏壇があった。
会話は流暢で淀みないが、年末に年賀状と一緒に送った、星野富弘『いのちより大切なもの』の話題には一切、ふれず、
読まれてないのだなぁ。
ガッカリした。
先生には95歳の時に聖書を誕生日プレゼントに贈ったし、私がクリスチャンになったことを喜ばれもした。「私の周り(嘗て、親交の深かった方々)クリスチャンばっかりですもの…」
でも、贈った聖書を読まれた形跡はない。折に触れ、みことばカードや冊子、手紙に聖書を引用したり…したのだが、反応はない。逆に言えば、
信仰がなく、101歳でこの美しさ…は凄い。
日野原重明氏はクリスチャンである)
人間は、誰でも等しく、いつ死ぬかわからない。でも、そんなことは考えても仕方ないし、疲れるだけなので、他人事のようにしている。しかし、高齢になれば、例え自分は元気でも周囲が弱り、倒れ、死んでいく。「他人事」にしていられないのだ。年末のブログにも書いたが80歳になるHさんの叫び、
「(新聞の訃報欄を見て)次は俺の番だ」
笹本先生とて、兄弟はすべて亡くなり、子どもはない。寂しくない、不安でないはずがない。元々、「私は意気地がない」が口癖だった。
泣き言言っても始まらないでしょ?
という、凛々しい姿なのだろう。
頭がまだ使えるのなら、使い放題、使い切りたい。

脚がまだ使えるのなら、歩けるだけ歩き続けたい。
多くの高齢者を励ましただろう。否、私も力をもらった。
立派である。立派すぎる信仰がなければ、先生の前にひれ伏し、先生を神のようにあがめただろう。
だが、神を知った私は、先生、頑張らないでください。先生のことを誰よりも愛しておられる神に、すべてお任せしてください。思いつつ、言えない。私ごときが、言えるはずがない。
何よりも、先生ご自身が、
弱音を吐けずに、しんどいのではないか…
と思った。「ベストドレッサー賞」に選ばれ「徹子の部屋」に出て本になれば…

101歳でも奮起するしかない。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイの福音書 11章28節)
国宝級になるともう、誰にも頼れず、甘えられないのじゃないかと思う。神様の前に荷物をおろしてください。と心で祈った。
祈らせてください。
と言うのが精いっぱいだった。先生は断るはずもなく、一緒に祈った。先生を守り、導いてくださることを祈った。「アーメン」と言ってください。
と言って、先生は「アーメン」と言われた。(「アーメン」とは、然(しか)り、その通り…の意)
先生は何もしなくていいのです。ただ、頑張ることをやめて、子どもが親に甘えるように、神様に甘えて、重荷を預けてください…。
それだけを祈る。
「私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます」
(ピリピ人への手紙3章18-21節)