石堂先生のこと。

石堂先生から電話をいただく。
石堂先生と舞台「Women」との関わりは、ブログにも書いてきたし、パンフレットの挨拶にも書いた。9年前の8月、双子出産のため、管理入院というかたちで市内にある病院に入る直前、不意に、石堂先生から電話を受けた。
「お子さんをお産みになったそうで」
何処から漏れた情報なのか驚いた。まだ産んではないけど…。
「これから産むんですけど」
双子を出産するため、これから出産まで管理入院のため病院に入ることを話した。
「双子の女の子…」
呟かれた先生の声は、とても優しく濡れていた。先生には息子さんはおられるが孫はない。
この時、先生は脳梗塞に倒れ、左半身付随を告白された。
「人生、自分の意志でどうにかなることなんてないことを、この年になってやっとわかった」
「それは、仏教用語で言う『他力』のようなものですか」
五木寛之だったか、そういう本を書いて売れていた。瀬戸内寂聴も「人生に自力はない」と言ってるとか。
「まぁ、そういうことかもしれない」
――そのようなやり取りがあり、クラシック通の先生、入院中の私にモーツァルトのCD(実はショパンも含まれていた)を送ってくださった。
いただいたCDを聴きながらの入院生活。台本の台詞にも書いたけれど、音楽は魔法だった。
そして、9年後、この舞台公演が実現し、モーツァルト選曲の相談に先生を介護施設にお訪ねした。
さて、話を現在に戻して…。舞台公演に先生は来られなかった。「息子が車出してくれたら行くよ」と言ってはくださったが、それから連絡が取れなくなった。ご容態が良くないのだろう、と案じるよりなかった。そして、突然の電話…。
「家内が亡くなって…」
ガンで入院されていることは知っていた。祈るしかなかった。
「僕も入院してたけど、明日にはまた施設に戻ります。舞台どうだった?」
「はい、小さな舞台でしたが、反響がすごくて驚いています」
「そりゃそうだよ。もっと大きな所でやりなさい」
台本を読み、「近年、稀に見る傑作」と太鼓判を押してくれた先生。舞台成功は目に見えていたようだった。
「でも、それには…お金もいるし、そう簡単にはいきません」
何しろ…舞台は無事に幕を下ろしたが、その後の残務処理、つまりは「お金」の計算、帳尻合わせに頭が真っ白状態だった。
芸術VSお金
いくら舞台が観客の涙を誘い、感動させ、成功したとしても…それは「お金」とは全く別次元なのだった。これからスタッフに「いくら払えるか」の世界に、頭を抱えていた。それはともかく、先生が「もっと大きな所で」と言ってくださったのは嬉しかった。お金なんて、
私がソープに出れば…
ヤァ \(⌒∇⌒(⌒∇⌒(⌒∇⌒)⌒∇⌒)⌒∇⌒)/ ヤァ
ち、違う…。しかし、ここだけの話だが、打ち上げで私の「ソープ話」が俎上にのったのである。
「え、それアリなんですか???」
怖い半面、嬉しい…っちゅうか、「まだいけるの?」みたいな…f(^ー^;
そしたら、
「都内はムリだから、下呂温泉草津あたり…」
( 。-ω-)-ω-)-ω-) シーン・・・
そんな場合ではない。奥様を亡くされ、先生ご自身、病を負われて、
「今日明日ってわけじゃないけど、余名いくばくもない」
などと言われ、
「人は病では死にません」
と言ったら、
「じゃあ何?」
「神です」
「そういうと思ったから、電話するの嫌だったんだ」
「…(だって他に言いようがない)…」
ともかく、近く、先生を訪ねて施設を訪問することになった。