哀しみのモーツァルト(3)

この日、8年ぶりの石堂先生との再会のテーマは、
モーツァルト
つまり、来月、公演の舞台「Women」に挿入するモーツァルトの選曲であった。先生はこの日、一枚のCDを手渡してくださった。タイトル、
『哀しみのモーツァルト
これは、昨年、先生の元に編集者が持参した雑誌「dankaiパンチ」(飛鳥新社)12月号の特別付録らしい。
「dankaiパンチ」については、http://www.asukashinsha.jp/dp/
このモーツァルトの選曲が「全くモーツァルトを知り抜いていて素晴らしい」と言われ、これを演出家に渡して選んでもらえばいいとおっしゃる。
この『哀しみのモーツァルト』をBGMに先生と語り合うこととなった。
「こんな老人ホームに居て、何を考えるかと言うと、あれは今、どうなってるかなぁ、どうしてるかなぁ…ってこと」
よく意味がわからなかった私は、
「具体的に言うと?」
先生は言われた。
「つまり、落し物…」
ああ…と思う。 それは、「忘れ物」でなく「落し物」なのだ。するりとなくなり、そのまま行方知れずになったまま、見つからない。日常に追われ、日々の現実が優先して、どうしているのか時折、思いはするものの、流されるまま置き去りにしてしまう。気にはなるが、ひとたび、探し始めると、それは見つけたところで迷宮に迷い込むようなことにも、なりかねない。しかし…人生の終焉(しゅうえん)を見た時、それまで、やり過ごしてきた「落し物」が、気になる。曖昧なまま、永久の別れ…は、どうにもやるせないのだ。その時、思った。
私も先生の落し物だったのだ
9年前の夏の盛り、いきなり掛かってきた先生からの電話。
「お子さんをお産みになったそうで」
「…あの、これから産むんですけど(^◇^;)」
人の噂と言うのは恐ろしい。私は長い不妊治療で苦しみ、所属するシナリオ作家協会の誰とも音信を絶っていた。何処から私の「妊娠」が漏れたのか…。まぁ、「妊娠」は良しとして、「出産」したことになっていたのには、笑うしかない。これから双子出産のため、強制的に拉致されて入院しなければならないと言ったら、先生は「拉致」という言葉にお笑いになった。
「双子の女の子です」
と言うと、
「双子の女の子…」
何とも優しい口調で反復された。その時、先生は、脳梗塞で奈落の底に突き落とされたことを告白された。この電話が、私にモーツァルト(その他)のCDを贈っていただくきっかけとなり、そうして、舞台「Women」が誕生した。
"+;・ο。.・;+:+.。ο・;+*:゜・☆ヾ♪"
『哀しみのモーツァルト』――それは、「悲しみ」でなく「哀しみ」だった。モーツァルトらしからぬ、哀切極まる楽曲が続く。
「あなた、よく今まで生きてたね。感心するよ」
先生が言われた。私は意味がわからない。御年78歳の先生に、そう言われる意味がわからない。
「…それは、神の意志だね」
「でも、キリスト教徒になったのは昨年ですよ」
「それまでの蓄積があるんだよ」
私の頭は錯乱する。蓄積って何だろう。戦時中でもないし、「よく生きてた」とは、どういう意味だろう。神の意志とは…。ようやく、私は尋ねた。
「よく生きてた…というのは、自殺しなかった、ってことですか?」
「そう、そういうこと」
明快な答えに、私も、あっさりと答えた
「そう、そうなんですよ」
まるで、先生の口を借りて神が語りかけてくださるようだった。
モーツァルト(35歳没)が、よく、あの年まで生きたよ、っていうのと同じ。言葉にすると難しいけど」
モーツァルトはさておき、「よく生きてた」と言われたことが、その優しい響きが、奇跡のようだった。
此処にこうして、老人ホームの一室で先生と対話していることが、神の技としか思えなかった。
「(死んだら)親に申し訳ない…親が可哀想だったから」
と言ったら、
「ほぅ、ほぉ〜〜」
ひどく感心されたように納得された。
教養のことは気にしなくていいと言われる。「全然、気にしなくていい」。
「じゃあ、何を気にするんですか?」
「何も気にしなくていい」
…と言われても(-_-;
「心がけることは…?」
「心がけること…せっかくバイブルの世界と関わったんだから、バイブル読んでたらいいんじゃないの?」
さすが、石堂淑朗だと思う。聖書の力をご存知なのだ。
「King Jamesの英語版でね」
「はぁ…( ̄▽ ̄;)」
先生は「King Jamesの英語版」でしか、聖書を読んだ気にならない、と言われる。
「あなた、何処かの英文科だったよね?」
「いえ、日文科です"(-""- )"」
「何故、英語版かと言うと、日本語訳は良くないよ」
「ドモ\( ̄▽ ̄*)(* ̄▽ ̄)/ドモ」
そうして、
「出来ればドイツ語訳がイイんだけど。ルターの世界だから」
マルティン・ルターですか…。そういうこと、おっしゃりますか…(っ*´ё`)b  
「あなた、第二外国語は?」
「…フランス語です(/-\*)」
そんなもん、英語もろくに読めないもんが、ドイツ語読めるか〜〜
ネオキワル〜 ~~ヽ(▼o▼) オイッス〜
それでも…奇跡の時間を体験して、ホームを後にしました。