「がん」という冒険(55)

明日と言う字は「明るい日」と書くけれど~。

どこに明るい日があるねん。

コロナにウクライナに…「劇場型〇〇」という言い回しがあるけれど、この世が劇場型化しているような錯覚に陥る。

とても現実とは思えない。そこへ、

安倍元首相の襲撃である。

いきなり時事ネタであるが、これにはわけがある。

事件の起きた奈良は私の地元で「西大寺」といえば、帰省の度に通り過ぎる駅であり、安倍元首相が搬送された県立医科大学は、父がクモ幕下出血で運び込まれ手術を受けた病院なのである。

それだけなら大したことではない。逮捕された山上容疑者は奈良の公立高校の出身と聞き、どこだろう、と気にはなっていた。進学校らしい。奈良の公立の進学校といえば、3校くらいしかない。検索してみたら、

ヒットしてしまった(/ω)

私の卒業した高校であった。

(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?

今も鮮やかな思い出がよみがえる高校であり、何人かの友人には年賀状にがんのことも報告した。

そんなわけで、山上容疑者の生い立ちを追ってみると…

4歳で父親が自殺。(父親は京大卒)

兄は小児がん。(2015年に自殺)

父親が自殺した時に母親は容疑者の妹を妊娠していた。

母親は自殺した父親の死亡保険金の6000万を統一教会に寄付。

なんともはや、底なしの地獄である。

母親は奈良高校という奈良でトップの公立高校出身で大阪市立大学を出た秀才。ゼネコンの社長令嬢で見合い結婚だったらしい。(「週刊文春」による)

ただの想像でえらそうなことは言えないし、どんな事情があるにせよ、人を殺して許されるわけがない。ただ、山上容疑者も被害者のような気がした。諸悪の根源は、統一教会である。人の弱みに巧妙につけ込む。オウム真理教もそうだが、洗脳とは恐ろしい。

人の人生を棒に振らせる。

山上容疑者は同志社大学を学費を払えず中退したらしい。同志社と言えば「西の早稲田」、関西では憧れの大学であり新島襄が創立したプロテスタントの大学である。

山上容疑者とともに、母親の救いを祈った。

 

一方、脊髄小脳変性症という難病の兄弟(主にある信仰の男性)がおられる。私はzoomで日曜の礼拝に参加しているが、その◆兄弟も母親とzoomで参加されていた。いつも車椅子だった。

脊髄小脳変性症とは、歩行時のふらつきや、手の震え、ろれつが回らない等を症状とする神経の病気で対症療法による治療しかなく完治することはないといわれている。

その◆兄弟が胃瘻(食物をうまく呑み込めなくなり、胃に穴を開けて直接管を通して水や食物を流入する医療処置)手術のため施設を出て入院することになったことは、祈り会の課題にも出されて知っていた。

◆兄弟は父親も同じ病気で亡くなっている。礼拝でお会いしたことはあっても個人的に話をしたことはなかったが、どれほどの地獄だろうと思っていた。どこに救いがあるのだろう、と…。

また、夫が亡くなった同じ病で息子が苦しんでいる、母親の★姉妹がどのような心情でzoom礼拝に出られているのだろう、と思っていた。それこそ信仰の薄い私は、

神を恨んでも仕方ない。

などと想像してしまう。それが、先日の礼拝で★姉妹からお話があった。

◆兄弟の胃瘻手術による入院。◆兄弟はあくまでも自分で「食べる」ことに執着し、胃瘻を嫌がり、結局、手術は行われずに施設に戻ったという報告だった。

そうして、★姉妹は

「祈りに支えられました」

と繰り返され、

「感謝しかない」

と…。

「感謝」…。夫を喪った同じ難病に息子がおかされ、治る見込みはなく、若くして体の不自由、食事もできなくなり…、それで、「感謝しかない」とは…。

しかし、同じ「感謝しかない」ということを、私自身ががんになって思ったことを思い出す。がんの手術が無事に終わり、半年余りのがん生活を振り返って感謝しかなかった。

それは、おそらく私以外の人間には理解できないことだろう。自分でも、頭で考えると不思議である。娘達は私のがんを心配するどころか、(私を喜ばせるようなことは)何もせず、途方にくれるばかりだった。手術で入院することが「安全地帯」に避難することのようだった。夫にいたっては、「ハゲババア」である"(-""-)"

「神にとって不可能なことは一つもありません」

ルカの福音書1‐37

★姉妹が「感謝しかない」ということは、◆兄弟も神の御手に包まれて、平安でいられるということだろう。

驚くしかない。しかし、それが、神なのだ。

本当の神様なのだ。

本当の神は我々にお金など求めない。求めるのは、神を信じ、信頼する心だけである。

本当の神様に出会えたことに、改めて感謝する。

山上容疑者とその母親

◆兄弟と母親の★姉妹

信じた神が違うだけで、まさに天国と地獄である。

山上容疑者とその母親がイエス様と出会えることを、◆兄弟と★姉妹が、難病にありながら、これからも主だけを見上げ、主にある平安と喜びの毛布に包まれることを、祈る。