「がん」という冒険(41)
入院前日である。
長女αと回らない寿司屋に入り、「最特上」の寿司を注文した。
最特上…「特上」より1200円高い。
最後にここに入ったのは、2月にαの入試が終わった日だった。
特上が美味しかったので、また来ようと思いながら、入院前日の今日になった。
明日入院、明後日、手術である。
それをイベント扱いする気はなく、従って、夫は仕事場だし次女のβは寮である。
入院のため、新しい下着を用意しようとαと近所のスーパーに買い物に出かけ、夕食をすませて帰ることになった。どうせなら…と、あの回らない寿司屋に入った。
何を注文するか?
「特上」が美味しかったから「特上」で十分なのだが、その上の「最特上」というのはどんなだろう、と思う。そうして、
これが最後の食事にならないとは限らない。
と、頭をよぎる。
食に対する好奇心、「食べたことのないものを食べてみたい」というのは、私ががんになってから起きた変化である。
「最特上」とは、どんな寿司だろう?
注文する。
6月1日、手術におけるドクターとの最後の相談には、夫とαが同席してくれた。
寮にいる次女のβは徹夜で課題を仕上げたらしく、欠席。
手術は私の希望通り温存(部分切除)で行われる。術後の乳房の変形や傷跡についての説明には、女医であるよしみドクターの細やかな配慮が感じられた。
私は尋ねた。
「『変形』と言われても、もともと豊か(な胸)ではないのでピンとこないのですが…」
よしみドクターは笑いながら、
「くぼみができるようなものです」
なるほどと思う。
手術後の治療、放射線やホルモン療法、再発を防ぐための抗がん剤治療…にはαが驚いたのか、
「リスクはないんですか?」
と質問した。漠然とした問いにドクターは戸惑いながら、
「医療において、リスクがないということはありません」
と言われ、αにとってはいい経験になったと思う。
ドクターとの相談の前と後、すなわち待合室で(おそらく私のがんとは関係のないことを)αにしゃべり続けた夫は、診察室では黙ったまま「何か質問はありませんか?」とドクターに問われても何も言わなかった。
半年に及ぶ抗がん剤治療を終えて思うことは、
私のがんを治すプロジェクトが完了した。
という達成感と感謝である。
私が抗がん剤治療における、毛髪が抜ける以外の副作用がなかったことは大きいだろう。(毛髪が抜けないとなれば、それは問題なのである)3週間ごとの抗がん剤治療に通い、処方された薬を飲みながら健康管理に留意する。…そうしたくても、やれない、気力がない…ことも多分にある。私は本当に恵まれた、守られた…と思う。
プロジェクトの指揮をとったよしみドクターをはじめ、連携した多くの医療スタッフから、疑問や不快感を覚えることも一切なかったのは奇跡かと思う。
そのことにはドクターにもお礼を言った。
寿司屋で「最特上寿司」を味わっている時に、仲のいい姉妹からLineが入り、
「今、寿司屋にいます。娘と『最後の晩餐』?」
と送ったら、
変なジョークは無しよ。
と諭される。
確かに…。
がんの手術を前に、送る言葉は難しい。
「手術の成功を祈ります」
え~失敗するかもしれへんの?
逆に不安になる。
「がんばって」「しっかりね」
何をがんばるの???
神のご加護を……
違うやろう~。
がんになったことは驚きで、今でも信じられないけれど、それからのことは「恵み」でしかなく、感謝、感謝…。
感謝感謝で入院(手術)できることに感謝……。