「がん」という冒険(33)

私を「ハゲババア」と称した夫に、いつ入院・手術について話すか?

黙って入院・手術し、終わってから「退院しました~(^O^)」を想像すると笑えたが、そうもいくまい。

この問題が、意図せずに片づいた。

 

「土曜日(7日)『母の日』のお祝いにケーキを予約しました」

夫に電話するのは久々だった。いつの間にか電話より、スマホのメッセージでやりとりするようになっていた。その方が言葉を選べるし、無駄口もなくなる。

それが、このところメッセージもやりとりしなくなっていた。もともと、夫からは事務的な連絡以外のメッセージはなく、私から娘達の相談事や提案、諸々の事後報告…でメッセージを送っていたが、そういうこともしなくなっていた。連休だったが、私からは何も発信せず、夫からもなかった。夫は娘達には連絡していたようだった。

入試が終わり、αが大学生になりβが寮に入り、私は来月に迫った入院・手術に向けて体調を整えながら心の準備をしたかった。妻のがんを知りながら、(そろそろ手術だということくらいは察知しているはず)沈黙したままの夫に対しては、

シャッターを下ろす。

ことにした。色々配慮してこちらから働きかけることをやめたのである。幸い、入院・手術に対して、夫に頼むことは何もないことが判明した。黙って入院・手術するのは娘達の手前もあるし、波風立てたくはない。入院直前にメールするのでいいか、と思っていた。

冒頭の『母の日』のお祝いの母とは、夫の母、つまり私にとって義母である。隣の駅に義父と暮らし、その離れを夫が仕事場にしている。

要するに、夫に電話をした目的は、

義母を囲む『母の日』のお祝いに、夫に声をかけた。

ということ。後期高齢者の義母は、上品で思慮深く、ハイセンスで…なかなかに素敵な方で、来年に成人式を迎える娘達に振袖を用意してくださっていたりする。嫁姑のいさかいもなかったし、今は「健康麻雀」に通われている。嫁として疎(おろそ)かにはできない存在である。

 

義母には事前に電話でアポイントメントは取ってあった。その際に、

前日の金曜は、病院の検査が入っている、という話があり、何の検査かと聞けば、乳がんの検査だという。5年前に受けた手術後のチェックらしい。そう、確かにそういう話は聞いていた。高齢だし手術しなくても大したことない程度の手術で、誰も面会に来てほしくない、とのことで夫も見舞いに行っていない。ちなみに、私のがんについて義母には秘密にしてある。心配をかけるだけである。

お祝いは検査の翌日より、翌々日の日曜の方がいいのでは?と聞いたところ、「土曜で大丈夫」とのことだったので、土曜になった。そんな話も夫にした。ややもすると余計な話を始める夫に、

「そういうわけで」

と電話を切ろうとした。夫は放っておくと際限なくしゃべる。どうでもいいことはいくらでも話すくせに、肝心なことはダンマリ。こちらが閉口して黙っていても、一人しゃべり続けるのだ。しかし、この時は違った。

「あなたの方はどうよ?」

と聞いてきた。

「…………………………………………」

予期していなかった。自分でも呆れるほど、念頭になかった。話の流れからして、例のことなのだろう。別段、隠す気はない。

「6月1日に担当医と最終相談、第2週に入院の予定です。入院は5日程度で退院後は日常生活した方がいいそうです」

手術の立ち合いについてなど、夫は聞かず、なぜか、

「頭は?」

と聞く。私は半ば嫌味で、

「ハゲババアです」

と答えたのだが、自虐ネタとでも思ったのか、夫は笑った。『ハゲババア発言』の反省や後悔はない(ひょっとすると忘れてる?)ようである。

抗がん剤治療が終わるまで続きます。来週、最後の抗がん剤です」

「わかりました」

「では、そういうわけでよろしく」

いつ入院・手術について夫に話すか?という問題は、ひとまず片づいた。

 

★「ハゲババア」とは何か?ご存じない方へ★

「入試(2)」より引用いたします。

 

この日は▼大学の合格発表であると同時に、αの別大学の入試日でもあった。同時に、私はMRIでがんの進行の具合をみることになっていた。前回の抗がん剤治療(「がん」という冒険(19))は、最悪の状態で迎えたとブログに書いたが、今回のMRIは、それ以上にひどかった。具体的にひとつあげると、私は一昨日、夫から、

ハゲババア

と面と向かって言われたのである。口喧嘩とか言い合いとかではない。αの滑り止め大学に入学金を収めるのに、書類に記入していた夫が、

「(緊急連絡先?)クソババアのところでいいか?」

と独り言のように言ったので、

「『クソババア』って私のこと?」

一応確認した私に、

「違う。ばあさん(夫の母)のこと。あんたは『ハゲババア』」

「\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?」

言葉を失った。この人にとっては、おそらく悪気ではないのだ。私は何も言わず、

こういう人なのだ。

と思った。