「がん」という冒険(7)
12月22日。抗がん剤治療2回目、前回から3週間である。
毛髪が抜ける副作用は治療してから2週間目くらいから、と聞いていた。この副作用には例外はないらしい。先日、抜け毛がおびただしくなって夫に襟足(えりあし)がほとんどないくらいにまで髪を刈りこんでもらった。それでもまだ、ウィッグなしでも外に出られるくらいだったので、
ひょっとすると、この程度で抜け毛は終わるかも…?
今度の抗ガン剤治療でよしみドクターに、髪の抜け方や抜け具合にも個人差はあるのか、聞いてみようと思っていた。(自分で調べるのは怖かった)
が、その後、枕やマフラーに無数の(1~2㎝のカールした)抜け毛が付着しているのに気づく。確かに、これが夫に刈ってもらう前の襟足に届くまでの長さなら、相当不気味なことになっていた。
砂時計みたいに抜けるんだ。少なくとも、私の場合は。
治療2回目、それでもこのまま外を歩けないこともなく、ウィッグつけずに病院に行こうかとも思ったが、できれば帰りにカーブスへ寄りたかった(カーブスには「美容院でイメチェン」と言って、ウィッグをつけて通っている)ので、ウィッグをつけて出かけた。ドクターの前でウィッグをはずしてもいいと思っていた。
診察の前に、本館で血液検査を受けていた。毎回行われるもので、それで抗がん剤治療によるダメージなどをみるらしい。ドクターはリストに目を通し、
「順調ですね。自分で触ってみて、胸のしこりが小さくなっているのを感じませんか?」
はて、それほど早く効果が出るものかと驚くが、余計なことを考えたくなくて、自分で触診はしていない。
「血液検査でどんなことをみるんですか?」
と質問し、ドクターはリストを見ながら説明してくれたものの、理解できるはずもない。ただ、
「この結果が悪くて、抗がん剤治療を継続できない人もいるんですか?」
と聞くと、
「います」
当日、10種類の薬を処方され、必ず飲むものは3種類、嘔吐や発熱、口内炎など抗がん剤治療のそれぞれの副作用に応じた7種類の薬はどれも飲まずにすんだ。
さて、抗がん剤治療の滑り出しは上々のようである。
次に、
「髪は抜けてますか?」
よしみドクターがウィッグにどのような反応をするのか期待していた私だが、ウィッグへのコメントなし。混乱する。
「これ、ウィッグなんですけど、取りましょうか?」
無言で私を見るドクターの前で、ウィッグをはずす。
「まだ残ってるほうですね」
「\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?」
まだ…ということは……。
「そのうち、全部抜けてしまうということですか?」
「抜け毛」については聞いていたが、これは怖くて確認できなかった。例外があるかも…と一抹の期待はあった。
「1か月でなくなります」
確かに、このペースでいけば、今月中にはなくなりそうだ。「なくなる」が「亡くなる」にシンクロする"(-""-)"
「……ということは、ハゲで新年を迎えることに…」
「そうですね」
入院・手術を終えても通院治療が9か月続くため、治療が追わるのは再来年になるため、令和4年を私はハゲで生きることになる。
そういうことか…。
「私には嫁ぎ先にも実家にも親族にハゲてる人がいなくて、私が一番のりになるのかと、複雑な心境になりました。でも、こういう経験をしてみて初めて、ハゲてる人の悩み・苦しみを想像して、大変なことだということがわかりました。私はまだ、生えてくるという希望があるけど、ハゲてる人は一生そのままですから、大変ですよね。若い頃からの人もいるし…」
黙って聞いてくれたよしみドクターは、
「そんなこと考えるなんで、心優しいですね」
最後まで聞いてくれたよしみドクターにも、優しさを感じる。そこで私は悩みを打ち明けた。
「あの、洗髪すると抜け毛がひどくて、怖くてお風呂で髪洗えないんですが…」
「それは、新しく生えてくる髪のためにも、清潔にしておいた方がいいですね」
冬場だし、多くはない髪を湯で流すから不潔なことはないと思うが、遅かれ早かれ…ハゲは免れない。
でも、これも冒険。
次に、抗がん剤治療の点滴を受けるための薬剤を接種される。
「ホントに、血管が真っすぐでいいですね」
前回は私をリラックスさせるためのリップサービスかと思ったが、そうでもないらしい。
「あまりいないんですか?」
「そうですよ」
血管が見つけられずに医師が苦労する話を聞かないわけでもない。
「打たれる人は大変ですよね」
「打つ方も大変なんです」
確かにそうだ。色々と学ぶ。3回目の抗がん剤は来年になる。
「よいお年を(^^)…ですね」
「来年もよろしくお願いします(^^♪」
それから本館に戻った私は前回と同様の点滴を受け、薬局で薬を受け取って帰る。カーブスに行って筋トレをし、前から決めていた焼肉屋で「ランチ」を食べる。何種類かメニューがあり、「サーロインステーキとビビンバ丼」にする。
前回は今年、コロナ禍のなかオープンした焼き肉屋で「カルビ弁当」(1400円)を買って帰った。それに比べて、分厚くはないが肉の綺麗な和牛サーロインに何種類もの具材がのったビビンバ、スープにサラダがついて1050円(税込み)。(ご飯はお代わり自由)
肉は自分で焼く。タレは万人好みの甘めだったが、これで1050円で採算取れるのだろうか?店内は盛況で、「カルビ弁当」(1400円)の店はランチタイムなのに客はいなかった。
「サーロインステーキとビビンバ丼」1050円は平成を飛び越えて昭和の値段かと思うが、焼肉定食やちげうどん定食、牛筋やレバー定食などは950円である。駅からすぐの立地で古くからある。薄利多売で客の心をつかみ、口コミや宴会で夜の集客へとつなげるのだろう。
自宅への途中、あの「カルビ弁当」(1400円)の前を通る。開店してしばらく「半額セール」をやっていたが、それは招待券のある人だけ。私はもっていないまま、ずっと気になっていた。そうして、前回、弁当をトライした。味は悪くなかったが、肉が小さかった、と不満を書いた。この日の帰り道、なぜか、引き戸が半分開いていて、店内が見えた。薄暗く客の気配もなく、なんだか怖い。
その夜は、おそるおそる、「リンスインシャンプー」で髪を洗った。