「がん」という鍵(2)

がん宣告を受けた翌朝、悪夢から目覚めてもよさそうなものだが、逆だった。

光の中で、私は夫や娘達の悩みから解放され、身軽になって喜んでいるのである。

我ながら驚く。

与えられたがんは、難題を解く「鍵」となることを、主から教えられたような気がした。

安心しなさい。

そう囁かれた気がする。このブログにも繰り返し書いたが、祈り続ける中で、

苦しみが喜びや感謝に変えられる。

経験を私は繰り返してきたから、今回、祈りの中で与えられた「がん」に、絶望どころか期待しているのである。

 

病院でがん宣告を受けた私は、次回の予約を取り、乳がんについて書かれた冊子を女医先生から受け取って診察室を出た。頭髪が抜けて、かつらや帽子のお世話になるという抗がん剤治療も怖いが、次回の検査ではがんのグレードやがん転移が明らかになる検査を受けるというのだから、ただ事ではない。

それにしては落ち込むこともなく、普通に浪人生の娘の待つ自宅へ帰り、夕方、買い物に出かけた。そうしたら…なんと、

デパ地下で夫に会ったのである。

夫は近くの仕事部屋で寝起きしているから、偶然、会ったとしても不思議というほど不思議ではないが、それでも、

このタイミングで「会う」というのは不思議である。私は、

これはイエス様の導き…

としか思えず、ここで夫に話そうと思う。

「ちょっと話があるんですけど」

買い物の後、駅中のカフェに入る。どのように切り出そうかと考えをめぐらす。なにせ、ろくに風邪もひかない、夫から「青銅の魔人」と呼ばれた私である。

「丈夫が取り柄の私でしたが、がんになってしまいました」

「\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?」

乳がんだそうです。今日、宣告されました」

いつも二人で話をすると、夫が一人で際限なくしゃべり、私は(もうちょっとコンパクトに話せば?などと思いながら)黙って聞いているのだが、さすがに夫も言葉を失っていた。無理もない。

「私は冷静ですから」

抗がん剤治療でかつらや帽子が必要になることを冗談めかして言うことができた。我ながら余裕があった。

「信仰があるから大丈夫」

それに対し、夫は茶々を入れなかった。女医先生に対して、

毅然としていること。

同じように、夫に対しても動揺せず、毅然としていることが信仰の証になるのだと思う。娘達にはどうするのか、聞かれ、

「まだ、グレードとかわからないから、具体的なことがはっきりしてから、いつ、どのように言うか、相談しましょう」

私が仕切るかたちで進行し、話は終わった。