お年玉(1)

皆さま、明けましておめでとうございます。
更新が間遠になり、それでも覗いてくださる皆さまに支えられています。本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、父は3年前にくも膜下出血で倒れてから、色んなところを通らされ、去年の夏から介護老人保健施設老健)の個室に入っています。老健とは、病院での治療、リハビリを終えた患者に、自宅での生活に復帰できることを目標にした施設とのこと。父はもう一年以上、寝たきりで、自宅介護はとても無理。何より、
自宅に帰りたいという思いもなくなっている。
食欲もなくて、
「死ぬの待ってるだけ」聖書的に言えば、砕かれて、砕かれ切ったのです。
神を呼び求めるために…。
そんな父に、私はかける言葉もなくなって、ただ祈るだけでした。そうして、星野富弘さんの本と出会い、父に本を送って手紙が書けるようになりました。寝たきりの父に星野富弘さんの本を送ってからひと月。
父にも(父を毎日見舞う)弟にも、星野さんの本、読んでる?
と聞くのが怖くて、確かめていませんでした。

そして実家に着いて弟の口から、
「あの本、テーブルに置いたぁるけど、ほとんど読んでないみたいやで」「………(ー_ー)………」
「お姉ちゃん、解説したって」
解説するような本ではないが、あれを読んでいないとすると、
打つ手ないやんけ。
しょうがない、一緒に読むしかない。と思うわけです。
父に出した2通の手紙は、涙ぐんで読んでいたそうな。手紙の内容は星野さんの詩や文章の引用と、個人的な感想。娘の字を読むだけで泣けてくる、というのもありえる。31日、複雑な心境で娘達と父を見舞いました。施設に着くと父は寝ていました。
父を起こして娘達に挨拶させて、元来おしゃべりでない私は父を喜ばせるような話題もなく…
(ちなみに兄は父と将棋を指します。それで1時間半くらいもつそうです)
見ればテーブルに私が送った星野さんの本。父からは何も話さないし、食べたい物もないし、娘達には冬休みの宿題をさせてるので、私が、
場を取り繕うしかない。兄が来て、皆で外食することになってるので、それまで、
間をもたせる。
しかない。
どんよりした沈黙。
だけは避けたいわけです。
父の前で祈りました。父は「アーメン」も言いませんでしたが、こうなったら、星野さんの本を、読むしかない。
子どもに読み聞かせるみたいに、入院生活の始まったところから読み出しました。
手紙の返事を書きたくて、筆を口にくわえて字を練習
当時書いた字や絵も載っています。それを指さして説明しながら、星野さんの本を読みました。
すると…