祈り(2)

「月が美しいといっては、皆が呼び寄せ合って眺めるといった家庭の雰囲気でした。
父は普段着で働きづめでしたので、一緒に外出できる機会があると、とても嬉しかったのを思い出します。父は三つ揃いを着て、フェルトの中折れ帽子を被り、私の手を引いてくれます。道で町内の人たちと会うと、医師と患者さんという感じでの挨拶を交わします。そのとき父は、ちょっと帽子を取って会釈をしました」
「母は、私が小さいころはいつも、髪の毛をひっつめにして同じような和服に白い割烹着を着て、忙しく働いていました。気を張って生きる母の姿を見ていると、私も泣き言をいったり、いい訳したりすることを恥じる気持ちを自然ともつようになりました。母については、優しく暖かい思い出があるばかりです」
林郁夫「オウムと私」(文芸春秋社)の一説です。
父が医師、母が薬剤師という開業医の、6人兄弟の5番目として林郁夫は生まれます。父親は農家の次男で苦学して医者になったとか。父も母も兄姉や多くの人の支援を受けたことをとても恩に感じて、子ども達によく話していたそうです。
親が(人として)立派でも、子どもが立派に育つとは限らず、また、逆もあるでしょう。でも、林受刑者の場合、立派な両親の背中を見ながら健全に育ちます。この文章からも感じられる、ナイーブさとともに、小学生の頃から難しい本を読み尽くす賢い子どもでした。高校生の頃から「人のために生きたい」という人生のテーマをもち、慶応の医学部に入ります。優秀な成績で卒業して、その上、テニス部のキャプテン!ルックスも…いかにも誠実そうな二枚目ですよね?専門は心臓血管外科。いかにも大変そう…これ、エリート中のエリートだそうです。
…ったく、
欠点ないやんけ。
渡米もし、有能な医師として慶応病院に勤務していた頃は、石原裕次郎の手術チームの一員だったそうです。
それが、臨床医として癌などの死病の患者と接するうちに、現代医学や科学が乗り越えられない「死」に対して悩むようになります。
やがて、桐山 靖雄(きりやま せいゆう)の著書を読み、感銘を受け、阿含宗に入信します。
阿含宗とは、桐山 靖雄が1978年に創設した、仏教系新宗教
なんか…真面目純粋というか。
で、阿含宗にも満足できないでいる時、麻原彰晃の著書と出会います。
これが地獄の3丁目。
どうしてこんな、思慮も分別も社会的信用もある医師が、麻原(しかも8歳年下)なんぞに騙されたのか…と思うのですが、
麻原によって、様々な奇跡を体験したようなのですね。それでなければ、
家族4人、目黒のマンションを含む全財産の約8000万と車2台をお布施として寄付して出家
なんて、出来ませんよね?
ちなみに、この奥さん、同じく慶応出の麻酔科医。(有名デザイナーの姪)
出家した林受刑者、エリート外科医が殺人者に変えられていきます。
マインドコントロール…騒がれました。
「殺人行為=ポア」が麻原によって肯定されます。こんなふうに…
「次に、アクショーブヤの法則は、「殺生」を正当化する教えで、不殺生の戒と対立するものですが、麻原によれば、アクショーブヤの法則は、その生命体にとってどの時期に死ぬのが一番輪廻にとってプラスになるのかという実践である、ということになります。たとえば、毎日悪業を積んでいる魂がいるとすれば、この魂は十年生きることによって、地獄では十億年生きなければならないことになります。とすれば、一年、二年、三年と長くなればなるほど、その次の「生」の苦しみは大きくなります。したがって早く寿命を絶つべきである、と説くのです。
 この法則は、麻原が殺人行為を「ポア」の名のもとに指示し、実行させ、それを正当化した根拠となる考え方で、すべてのカルマを見切ることのできるグル、麻原の意思によって人を殺した弟子は、功徳を積むことになるのです。殺された対象もそれによって、それ以外の悪業を積むことはなくなり、また「グル」と逆縁ができるので、グルの転生先に生まれることが可能で、真理の実践ができるのです。したがって、殺す側、殺される側双方にとって利益となります」
なんかもう、麻原が神であり真理なのですね。
「でもやはり、麻原を疑ってしまう局面もあり、そんな時、麻原を疑ったら、私の選択、私の捨ててきたものすべてが私に反逆して、それへの対応を迫ってくるから、さらにはこれからの私と妻子のとるべき行動を考えなくてはならなくなるから、そしてそのいずれにも答えは見出せないから、という心の深いところでの気づきもあったので、それを拒否したのだと思います。結局、私は麻原を疑うことができなかったのです」
本人が書いてるのですから脚色はあるかもしれません。でも、何だかこの人、「悪人」とは思えない。逆に、
自分のことしか考えてなかったら、
金や名誉や、この世的な成功を選んでいたら、
こんなことにはならなかったと思うのです。
         つづく