crossing―横断・渡航・交差(点)・踏切・十字路・十字を切ること・妨害
第二次世界大戦後、朝鮮半島は『韓国』『北朝鮮』と南北に分断され、現在、世界唯一の分断国家となっています。
北朝鮮からの脱北を真正面から描いた映画「クロッシング」。親愛なるピーター先生こと桂千穂氏が絶賛。
チラシのコピー―「命がけのロードショー!」公開に強硬に反対する勢力の抗議で、予定された劇場が急遽、封切りを見合わせた…という問題の映画。これはもう、見ないわけには行かないでしょう〜。
ところで、
サッカー・ワールドカップ北朝鮮ポルトガル…は、0対7でポルトガルの圧勝7得点というのは大会最多だそうです。これを、北朝鮮では異例の実況生中継したそうな。15日のブラジル戦では1−2と健闘し試合翌日に録画放映されたのが、今回は期待も高まり生中継。失点が重なるにつれて応援する市民の口数は少なくなったそうです。
「負けた選手は炭鉱送りになるらしいから心配」と、マイク向けられた女性がコメントしていました。

負けた選手は炭鉱送り…。
何気に凄いですね。一体、何時代や…みたいなf(^ー^;
実は、この映画の主人公、ヨンスは元サッカー選手で勲章までもらってるほど。それが、炭鉱で働いてるんですね。
その理由は説明されてなくて、特別な理由があるようでもないのですが…。

試合に負けて炭鉱送り…?なんて、一瞬、考えちゃいました。奇妙なリンクですね。
映画の舞台は2007年、北朝鮮の炭鉱の町に住む三人家族、ヨンスと妻、ヨンハ、11歳の息子、ジュニ。貧しいながらも幸せに暮らしています。この貧しさ…というのが、我々の価値観とはケタが違います。物も色もない、賑やかさ、華やかさ…とは無縁の世界。家の表でヨンスがジュニのサッカーの相手をしてやりますが、蹴ってるのはボールではなく路傍の小石。一家が飼ってる白い犬が、とても贅沢に見えるほど。そんな父子を眺める子供達の眼差し。彼らには家も親も食べる物もないのですが、ヨンスがなぜ、有名なサッカー選手から炭鉱夫になったのか説明がないのと同様、彼らの生い立ちについても説明はありません。
戦後、日本でも、空襲で家も両親も失った浮浪児があたりまえに居たように、北朝鮮では、現代でもそれが普通の光景なのでしょう。説明のないのが逆に、北朝鮮のただならぬ状況を雄弁に語ります。
これが、ホントに21世紀???
改めて愕然とします。
妊娠中のヨンハは栄養失調のため肺結核で倒れ、家族のささやかな幸せに歪(ひずみ)が広がります。風邪薬も容易に手に入らない北朝鮮栄養をつけさせようにも、そのお金もない。ある日、食卓に肉料理が出て、ジュニは「うまい」と笑顔で貪ります。ところが、ヨンハは食べようともせずボロボロと泣いて、ヨンスも暗い顔。あ…っ、と気がつくジュニ。愛犬の名前を呼びます。白い犬は、もういません。
ヨンスは党の仕事で北鮮と中国を行き来する有力者の友人に薬を頼みます。この友人の娘、ミソンはジュニと仲がよく、ジュニはミソンの家で大型テレビを見せてもらったりしていました。この友人に聖書を渡され、ヨンスはキリスト教を知ります。
ところが…友人はスパイ容疑で逮捕され薬は手に入らず。日々、衰弱する妻に、ヨンスはジュニを残し、薬を求めて隣国の中国へと脱北します。中国では脱北者は発見されれば容赦なく強制送還。それは死をも意味し、命がけです。やっとの思いで中国に辿り着き、森林伐採の労働で稼いだ金を手に、薬屋に飛び込むヨンス。妊婦用の結核の薬…ここではタダで手に入るのでした。
暗い…というより、救いがない。ジュニの看病も虚しくヨンハは死に、母を亡くした悲しみにくれる間もなく、今度はジュニが父を訪ねて国境を越えます。願いはひとつ、「会いたい」…。そんな父と子は、どこまでも、どこまでも…追い込まれていきます。

ヨンスとジュニが、ようやく携帯電話で会話出来た時、ジュニは何と言ったか…。
「ごめんなさい」
なんですね。
「お母さんを守れなくてごめんなさい」
…確かに、ヨンスが妻とジュニを置いて脱北する時、ジュニは「お母さんを守るからね」と約束しました。その約束を、しっかりと覚えて、父の絶望を気遣うのです。それは、男と男の約束だったのかもしれません。
重く、救いのない映画なのに、107分間、見せ場の連続でスクリーンから目が離せず、息をつく間も与えません。見事なエンターティメントに仕上がっている。母モノ、父モノ…を脱出サスペンスの連続で強烈に味付けして見せます。脱北の途中でジュニはミソンと再会します。あの、家に大型テレビのあった裕福なお嬢様が浮浪児となり、二人は脱北に失敗して強制収容所へ。過酷な毎日の中でも、幼い心が荒れることはありません。ミソンが背中に負ったカブレに、ジュニが聞きかじったネズミの皮を貼ればいい、というので、ネズミの皮で手当してやります。観客にとってはひと時のカタルシス…。ですが、ミソンがジュニに背中の痛みを訴え、ジュニが見ると、手当したところが膿んでウジがわいている。やがて、ミソンも収容所で死んでしまいます。

ジュニがたった一人、砂漠で死を覚悟した時の言葉…
「死んだら、天国で父さんと母さんに会えるよね」
幸福の尺度って何なんでしょうか?
不況、失業、倒産、ホームレス…。日本も大変な時代を迎えているようですが…。この映画を見ると、

家族が一緒に暮らせるだけで幸せなんだ。
ということに気づかされます。そして、この映画を見ると、

日本は、何処までも自由なんだ。

ということがわかります。

「これで再会出来なきゃ、映画(フィクション)として成立しないでしょ…」
と思うほど、二人の辿る運命は過酷です。でも、一方で、ノンフィクションの過酷さは、もっと、想像を絶するのだろうな、とも思わせます。
「キリストは南(韓国)にはいても北(北朝鮮)にはいないのか!」
ヨンスが絶叫します。見ている側の心に訴えかけます

救いのない悲痛な物語なのに、上映後、何処かスッキリとした情感に包まれます。もう一度観たい…。

パンフレットで監督のキム・テギュンが語っています。
「私の人生で忘れられない記憶のひとつ」――10年前に見た北朝鮮に関するドキュメンタリー映像で、5、6歳の子供達が道端に落ちているウドンを拾い、汚いドブの水ですすいで食べている姿だった、と。それを、妻と子供達とともに、一家団欒しながら見たそうです。
「すぐ近くで、すぐに行けるに違いない所で起きていることが、信じられず、恐ろしく、また恥ずかしかった」
あの時のあの「恥ずかしさ」が、この映画を仕上げるための原動力になったそうです。

私もこの映画を見て、「無関心」でいることの「恥ずかしさ」を思いました。
最後に、ジュニを演じた少年、シン・ミョンチョル。「5ヶ月にわたるオーディションの過程で驚くべき集中力と涙の演技で制作陣を感動させ、ジュニ役を射止めた」と。もう、この少年なしに、この映画の成功は有り得なかったと思います。せめて、ひと目、映像でご覧くださいm(_ _)m

http://www.crossing-movie.jp/

ああ、日本人でよかった…。
ε=ε=ε=( ^o^)/ やあ!!