「がん」という冒険(46)

痛みも意識もないうちに手術が終わった。

手術台で目覚めた私は、まるで魔法だと思う。

思えば20年前、娘達を出産した時も、

産声とともに、第一子がこの世に現れ、続いて第二子…

それはまるで、手品か魔法のようだった。

手術台の上で時間を聞いた私は、予定時間ぴったりに手術が終わったことに安堵した。

とくにリスクの高い手術ではなかったが、リスクはゼロではない。

開いてみたら、想定外のことになっていた、とか、全身麻酔のまま意識が戻らなかったら、手術中に地震が起きたらどうなるのだろう、ということも考えた。

だから、手術台で無事に目が覚め、予定時間通りに手術が終わったことに感謝だった。

 

点滴につながれた状態で病室に移動。このまま一人でトイレに立つこともできるし、昼食は抜きだが夕食はあり、やがて点滴も取れると説明を受ける。

えらいお手軽やなぁ。

というのが率直な感想だった。一人でトイレに行けるというのは俄かには信じられなかったが、本当だった。

 

不思議だ。痛いのはもちろん、嫌だけれど、

痛くない。

というのは変なものである。そのうち痛くなるのだろう、と思いながら一寝入りしたり、手術が終わった報告を姉妹方にLineで流したり、夕食までの時間をつぶす。

様子を見に来られたよしみドクターに元気な顔を見せる。とはいっても、診察室でも私はドクターに元気でない顔を見せたことはあまりない。「★(私の本名)さんなら大丈夫そう」といわれた期待を裏切らずにすんだようである。

昨夜の夕食から何も食べていない。(午前7時以降、水も飲んでいない)コーヒーを飲んでもいいか聞いたところ、コーヒーどころか売店で買い食いの許可までもらう。

この病院にはコンビニもカフェもない。あるのは駅のKIOSKに毛がはえた程度の売店がひとつ。それでも期待に胸膨らませて向かったところ…

4時で閉店。

\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?

仕方なく自販機を探すが、ようやく表玄関に見つけた自販機にあるのは冷たい飲み物だけで、

温かいコーヒーはない。

(-_-)/~~~ピシー!ピシー!(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

ちょうど今日から梅雨に入ったらしく、肌寒い。

仕方なく手ぶらで病室に戻る。

熱いコーヒーに甘いお菓子が食べたい。

隣にLawsonがあるという立地に暮らす私には、考えられない状況だった。21世紀から20世紀にタイムスリップしたような。食べ物だけではない。レンタルの甚兵衛の上下を着せられ、花も音楽もテレビもパソコンもない。トイレも洗面所も男女兼用…。

華やかなものが何もない。

だんだんみじめになってくる。ようやくありついた夕食は…

おかゆにふりかけ、メインのおかずが、蒸し鶏

私は鶏が苦手で、入院前の申告書に「鶏NG」と書いたにもかかわらず…である。

これでは昨日の夕食よりひどい。言えば取り替えてもらえるだろうが、気力も失せた。代わりに「蒸し鶏」はそのまま残し、看護師にも「鶏は食べられないと申告したんですが」と申し出る。

しかし、このように…手術が終わったばかりとは信じられないほど、私は元気だった。薬剤師が来て、食後に飲む痛み止めの薬をもらうが、

「痛くなくても飲むんですか?」

と聞いて薬剤師を当惑させた。

 

夕食後にようやく、夫や娘、実の兄弟に電話する。夫に電話する気も起らなかったが、一応「身元引受人」ということになっているので、連絡する。まさか、手術が終わった当日に電話があるとは予期していなかったようで、大笑いしながら、

「青銅の魔人、健在か」

それは私も実感したことで腹も立たない。明日あたり、花と差し入れをもって病院に行こうかと思っていたらしい。花も差し入れもNGで、相変わらずトンチンカンなのだが、今回の事態はこの人なりに堪(こた)えているのだ、と思う。(私を『ハゲババア』と称したことは反省しているのか?)

「連帯保証人」になってもらった兄は、私の元気な声に安心していた。痛みがない、ことについては、

「それは、まだ麻酔が効いてるからやろ。今晩から明け方にかけて痛んでくるんやろう。常識や」

本人は全身麻酔どころか手術経験もないのだが、そのように言われ、私もだんだん不安になってきた。

今晩から明け方…。

(-_-)/~~~ピシー!ピシー!(-_-)/~~~ピシー!ピシー!