「盲獣」(2)

盲目の自称彫刻家、道夫の異様なアトリエ。
巨大な裸婦像の上、ちょうど乳房の上で道夫はアキにモデルになってくれと迫ります。作品が完成すれば、ここからアキを解放すると。
道夫は言います。
色や形、耳で味わう芸術はあっても、
手で触って鑑賞する芸術はない。
形や色だけでなく、目くらでなければ出来ない、わからない芸術。
触覚の芸術をつくりたい。
それをアキは、キチガイの寝言、私の身体に触りたいだけ、と請け合いません。
警察が助けにくると思っていたのです。それを、マッサージ屋ではニセの名前と住所を使い、タクシーを何台も乗り換えてここまで来た。警察には絶対に捕まらない、と道夫は言います。
厚い鉄の二重扉の密室。逃げ回るアキを道夫が追いかけます。
目は見えなくても、
空気の動き方、アキの匂いと息遣いで、何処にいるのかすぐにわかると言うのです。
怖いですね。
目ではなく、空気の動きと匂い、息遣いで相手を追いかける船越英二の演技…。実際、盲学校に通って、その表情や動きを研究したそうです。
アキを捕まえ、腕の中に抱いた道夫は言います。
「鳥肌が立っている」
翌朝になり、道夫は母親と朝食を食べています。ここから、映画は道夫を巡るアキと母親との三角関係に発展していきます。
朝食には手つかずのアキ。心配した道夫に言います。
「私、一晩、考えたの」
道夫はキチガイではない。彫刻のモデルになり、一緒に触覚芸術を完成させたい。
道夫は有頂天になります。社会を知りませんから、疑わずに、純粋ですぐ信じてしまうのでしょう。
アキは仮病を装い、隙を見て逃げ出そうとするところを母親に見つかってしまいます。
「この子の見張りは私が引き受ける」
アキをこのアトリエに運び出す手伝いをした母親です。
道夫の母親演じる千石規子
無表情の中に、地獄を潜ってきた悲壮感と、息子への執着、一念…が滲み出していて、凄いです。
「おまえのためなら何だってする。あたりまえじゃないか。母親だから」
本当に…何だってするのだろうな、と思わせます。
道夫を裏切って逃げ出そうとしたアキですが、そこはしたたかです。
「私達、もう少し、仲良くしない?」
一緒に食事をし、酒の味を教え、
あなたほど私の身体を愛してくれる人は他にいない。
と、道夫にキスの味まで教えます。
母親以外の女を知らない道夫ですから、アキが道夫の男心を操るのはたやすいことでしょう。
「道夫、遊んでないで彫刻をやりなさい!」
母親にとっては気が気ではありません。そんな母親をアキは面白そうに眺めます。
「これから色んなことを教えてあげるわ。お母さんじゃなくて、恋人だけが出来ることを」
アキに嫉妬の炎を燃やす母親。
アキのような派手な女が、道夫のような男を好きになるはずがない、などと言って、道夫を傷つけます。
道夫と母親、枕を並べて寝てるんですね。
そうして、ある夜、
「帰っていいよ」
寝ているアキを起こして手引きします。嘗ては逃げ出そうとしたアキを捉えて、見張りを引き受けた母親が、今度はアキを逃がすのです。見事な展開です。
と、今度は…道夫がそれを目撃します。
母親は言います。
「他の娘を探せばいい」
「おまえの望みを全部聞いてきた。目くらの子を育てる苦労は大変なもの。この子を追い出しておくれ」
彫刻のモデルとして以上に、息子がアキにのめり込んでいくことに、女として我慢出来ない。母親の倒錯した思いが伝わります。
母親は…アキの首を絞めます。そして、アキを助けようとした道夫、母親を突き倒し、母親は打ち所悪く死んでしまいます。
突然の母の死に、呆然となる道夫。その隙に、またもやアキが逃げ出そうとします。
気づいた道夫、
「目くらだと思って、また騙したな。母さんを殺したのはおまえだ」
そうして、言います。
「おまえが、母さんの代わりに一生、ここにいるんだ」