祈りは聞かれる(4)

幼稚園のママ友とスーパーで会ったことから、喫茶店で話しをするうち、彼女の自宅で毎週日曜、牧師の資格をもつご主人によって礼拝が行われていると知った私は、次の日曜から礼拝に通い、自然なかたちで二人の小学2年の娘達(双子)もついてきて、一緒にメッセージを聞き、聖書を読むようになった。牧師夫人であるKさんと喫茶店で話をしたのは2010年、3月7日のことである。

そこで私は聖書の素晴らしさを知り、すぐにイエス・キリストを受け入れてクリスチャンになり洗礼も受けた。

娘達はK宅の子どもたちと交わり(業界用語でコミュニケートするの意)、K夫人手作りの昼食も一緒にとった。K夫人は新劇の舞台女優をしていた人で、かなり過激であった。K牧師より年上で、しだいしだいにK夫人の言動に「あれ?」と思うようにもなっていた。例えば、K宅では、「雛祭り」「こいのぼり」「お正月」「花言葉」…など、すべて「偶像」なので、口にするのも厳禁であった。

献金は勿論行われ、集まった献金の額は公表されたが、それを何に使ったかはわからない。他の教会の牧師を批判することもあった。

内心「?」をもちつつも、それをしのぐメリット(メッセージが面白い、近所)もあり、そのまま礼拝に通い続けた。

それが、晴天の霹靂のように、私はK宅の礼拝から追い出されることとなった。(詳細は前回ブログ)

私も動揺したが、問題はK宅の子どもとも親しくなっている娘達である。

私がKさんに怒られることをして、礼拝を出ることになった。私たちに合った、もっといい教会を探そう…と告げると、

このまま何も言わないで(K宅の子どもたちと)お別れしたくない

あの教会以外の教会には行きたくない

と泣かれてしまった。

幼い娘達にすれば無理もない。そして次の日曜日…。娘達は起きて、勝手に自転車に乗ってK宅に行くのではないかと思った。すると…

インターフォンが鳴り、同じマンションに住む(お付き合いのある)女の子が訪ねてきたのである。

遊ぼうという。こんなことは初めてだった。そして、

女の子と遊ぶうち、娘達はK宅の礼拝のことなど忘れてしまった。

お昼になって女の子は部屋に帰り、私と娘達は食事をした。

以来、娘達はK宅のことは一度も口にしたことがない。

その女の子が、あのように訪ねてきたのも、あれが最初で最後だった。

不思議としか言いようがない。

そして翌月、K夫人と喫茶店で話したちょうど一年後の3月7日、私は現在、通う集会(=教会)のドイツ人牧師、ゴットホルド・ベック氏にお会いしたのである。