禁断(2)

「深(ふかし)…今夜、母さんと寝よう…ふとんを並べて、一緒に寝よう…ね、そうしてね…」
いいながら涼子は、息子の胸に指先を這わせ、誘いかけるようにもう一方の手を背中にまわした。一瞬たじろいだ深は、はっとして母の身体をつきはなした。が、次には、身内から湧き上がる大きなうねりを制御できなくて、母という名のおんなの身体を力いっぱい抱きしめていった。

「魔の刻」、第8章「禁じられた絆」からの引用です。東大目指して一浪中の深。そこには、「一族東大で東大受かるのがあたりまえ」という父の存在がありました。東大から超エリート路線まっしぐらな父親を尊敬しつつもプレッシャーやら反発を感じていた深。そして…滑り止めの私大に落ち、東大にも落ちてしまう。上記の引用は、深が東大に落ちた日、夜遅くに帰宅して、父親に「来年、東大は受けない」「自分の道は自分で捜す」と宣言し、逆上した父親が深に殴りかかろうとするのを涼子が必死に引き止めた後の台詞です。これ、岩下志麻が言うと、決まりますよね。(涼子は43歳の設定です)
ここまでに、夫の女性問題、専業主婦で居場所のない涼子が新宿で男漁りを始め、尾行した深に知られ…そうそう、深の自慰を涼子が見てしまう…という伏線もありました。もう全体の3分の2まで来ていて、後は、この関係がどのように決着するか…ってことなんですね。
で、上記の引用から、
禁断の扉を開けてしまった二人が、奈落の底でめくるめく、泥沼のような愛欲にふける…
という描写は一切なくて、明けて翌日。
あれは、まさしく生命の瞬間だった。押し倒され、引き裂かれ、押し広げられ、彼の炎と燃える生命を受け入れた時、涼子は灼熱の火室(ひむろ)に投げ込まれた気がした。
な、なんか…。
ずるくない?
と、詐欺にあったみたいな気でいたら、
あのひとときをどう表現すればいいのだろう。新宿で初めて逢った少年は、たしかに女であることの悦びを教えてくれた。だが、それは、砂漠で一杯の水を恵んでもらったと同じで、いっときのうるおいでしかなかった。だから、咽がかわくたびに、一杯の水を求めて自分はほっつきまわったのだ。しかし、昨夜、わたしは、泉を見つけた。こんこんと湧き出でて枯れるを知らない泉。泉にたどりついて、わたしは生命を甦らせた。新しい息吹きを吹き込まれて生まれ変わった。かぎりなくやすらかだった。何も恐くなかった。最初から最後まで、低きに流れる水のごとく、自然だった。我が胎内から生まれ出でた子が、ふたたび、我が肉体に帰ってきた。それだけでしかなく、何の抵抗もなかった。
とあり…。
表現は固いけど、ニュアンスは伝わってきました。そして、
あの、身も心も思うぞんぶん解き放ってくれたやすらぎは、我が子という絆があったからこそ生まれたのではないだろうか。たがいの肉体を流れる同じ血が呼び合い、求め合って、二つの魂までも融合させてしまったのだ。
どこか、頭で考えたような理屈っぽさもあるけど、そういうことかな、とも納得します。
私に息子はいませんが、娘(達)がおります。妊娠期間を経て出産して、母乳やりながら、母と子って、
究極の肉体関係
だと思いました。自分の中から出てきて、自分の乳で育つんですから。父親には、どうしたって及びもつかない関係。それこそ、
肉親
なんですね。一番、自分にとって近しい存在。他の何者も立ち入れない濃密な関係。可愛い以上に、
私のモノ
という意識がどこかにある。
私の場合、同性(娘)だったわけですが、これが異性(息子)だったら、
私が男にしたろ。
みたいなこと、思うかも…。
やっぱり私、変態なんでしょうか…?
セックスって性的な欲望だけではない。
「たがいの肉体を流れる同じ血が呼び合い、求め合って、二つの魂までも融合させてしまった」
というのは、本当に身も心も一体となれるセックス
他人ではない。肉親との交合…。
ともかく、小説では、現実的な性描写はなく、「近親相姦」に対する涼子の精神的葛藤が綴られます。
人の道を踏み外して堕落した人獣だ。四方八方から指さされている気がして、テレビの画面の人物に対するさえ背筋が凍った。
もうちょっと開き直ってくれよ、と思いたくもなります。
かと思えば、
近親相姦と呼ばれる行為は、たしかに破廉恥であり、人間の尊厳を冒涜するものである。だが、犯罪ではない。社会通念上の禁句(タブー)にすぎない。
とあり、目からウロコでした。そっか…
全世界を敵に回すような行為でも、犯罪ではない。
「文句あるか」と開き直れば、それですむことなんですね。
世界観が変わりました。
で、人の道を踏み外して悶々とする涼子、その一方で、息子の深はというと…
母と特別の間柄になったことに、深は殊更の感情を抱いていなかった。どこか変だなという本能的な奇異感は多少あったが、その行為が社会通念をいちじるしく逸脱するものだとは考えだにせず、むしろ、そんなに珍しくもないことだと受けとめていた。
…これはすごい、と思いました。深は一浪ですから19歳でしょうか。母親というのは、一番身近にいる「女性」なわけで、これが魅力的な上で、そういうことになってしまったら、それは、仕方ないじゃん…みたいなことなんでしょうか。
母と呼ぶ恋人は、彼にとって最高かつ理想の女性であった。甘い言葉でご機嫌を取り結ぶ必要もないし、顔色を伺う面倒もない。いつでも間近にいて、ほかのどんな女も及ばない無限の愛を捧げ尽くしてくれる。そのうえ、心変わりや裏切りは金輪際しない。これほど理想的な恋人は、世界中を捜しても見つからないであろう。
ものすごく、説得力あります。ついでに、お金もかからないし、お腹が空けばご飯作ってくれるし、親の目を盗む必要もない。
参りました。
快楽を知った深は、彗一郎(=父)が出勤すると、朝からでも涼子を押し倒した。彼はまだ将来の方針をきめかねていて、一日中ぶらぶらしていた。時間を持て余す彼が、一番欲望の激しい時間を生きる彼が、涼子の虜になったのも当然である。
そして母、涼子と言えば…
涼子は、いつも、素直に受け入れた。いや、時には、自分のほうから誘った。
( 。-ω-)-ω-)-ω-) シーン・・・
さてさて…どうなりますことやら。