「死の舞踏」(3)

「ロシア貴族の入場行進」を聞くと、エドガーは踊り出すという。
エドガーにリクエストされて、アリスが嫌々ながらピアノに向かって「ロシア貴族の入場行進」を弾く。
踊り出したエドガーだが…倒れる。クルト「(駆け寄る)どうしたんです。どうしたんだ、一体」
アリス「死んだ?」

クルト「わからない。手を貸して」
アリス「(動かず)いやよ。障りたくない。死んだの?」
クルト「いや、生きてる」エドガーは「何ともない」と再び踊り出そうとするが…やはり様子がおかしい。
エドガー「お前が永年、待ちに待ってたその時が、ようやくやって来たわけだ」
アリス「あなたは、絶対来ないと信じてた、その時がね」しかし、ここではまだ、エドガーには余裕があった。「死ぬわけがない」と思っていたのだが、クルトがエドガーの医師に電話してエドガーの病状を確認したところ、
「永年カルシウムが沈着して、心臓が石化している…」
いつも医者をバカにしていたエドガーには、告げられなかった真実だった。
アリス「で、お医者様、何ておっしゃったの?結局」
クルト「死ぬかも、しれないって」アリス「ありがたい、ああ、神様

エドガーは座ったまま、虚空に目を据えている。
クルト「シーッ、枕、持ってきて下さい。それから毛布。この人、ソファーに寝かせます。今夜はずっと、ぼく、そばについてますから」
アリス「私は?」
クルト「寝て下さい。あなたがいると、彼、ますます悪くなるだけだから」
――もはやブラックユーモアである。
クルトがアリスに
「(エドガーについて)褒めるべきところは、一つもないんですか?」
と聞いたところ、アリスは答える。「(エドガーは)貧しい家の生まれでね、弟や妹が大勢いたの。ほんの若い頃から、家庭教師をして、一家を支えなくちゃならなかった。お父さんが、何の稼ぎもないロクでなし――というか、それ以下の人だったから、つらかったでしょうね、自分もまだ子どもなのに、若者らしい楽しみは何もかも諦めて、それこそ、弟や妹たちのために、奴隷みたいに働かなくちゃならないなんて、それも、誰からも感謝されることなんか、なしによ。この人に初めて会った時、私、まだほんの小娘だった。この人、冬の最中だというのに、オーバー着てなかったわ。妹たちは、みんなしっかりダッフル・コートを着てるのに。私、彼のこと、立派だと思った。尊敬した」やっぱり、こういうところがあるのだなぁ〜と、少しホッとしたら、
アリス「ただ、顔が醜いのには身震いしたけど。この人、異常に醜いと思わない?」
凄まじい、異常な夫婦ではある。それをクルトという(異常でない)人間を介して描かれていく。
死ぬかもしれない夫を前に、
「…(略)これが私の夫なのよ。取るにも足りない、ただの大尉。少佐にもなれないくせに、自尊心だけはハチ切れんばかり、部下はみんな、おそれおののいてると思い込んでいるけど、ほんとはみんなの物笑い。肝っ玉がちっちゃくて、暗闇をおっかながって。一体、こんな男、結局、どうなると思う?人生の最後の幕が下りる時。ただ手押し車一杯分の、臭い肥料(こやし)よ!それっきりよ!」
エドガーはこれに、「お前、クルトに朝飯は出したのか?」
そして、朝飯のことでまた喧嘩。
クルトが「底なしの泥沼」だと言えば、「まだ半分も観ていない」とアリス。
アリスがエドガーを「人間じゃない、悪魔よ!」とクルトに言う。しかし、アリスがエドガーを陥(おとしい)れる計画を話すと、今度はクルトがアリスに「あんたまで悪魔なのか?」
やがて…
「…(略)ここへ来た時、あんたら2人なんかよりは、おれは、少しはましな人間だと思ってた。だが今は、3人のうち、おれはもっとも下劣な人間。あんたらの、剥き出しの、怖ろしい裸の姿を見せつけられて、おれの目は欲情で狂ってしまった。今こそ、おれは、悪の力を、どん底まで知ってしまったんだ。醜悪こそが美しい。善なんて、醜悪で無力だ(略)…」

クルトまで悪に発情し、三角関係へ…
しかし、舞台は夫婦のハッピーエンドで幕を下ろす。
しかも…エドガーのこの台詞で。
「では、銀婚式だ。過去は、一切、消去する。そして、前進!そう、前進!」
夫婦とは不可解なり…としみじみ思った。
最後に、このエドガー役は、当初、平幹二朗がキャスティングされていた。
「ロシア貴族の入場行進」―https://www.youtube.com/watch?v=ZNLCFZ1wNv8