「死の舞踏」(1)

Bunkamuraシアターコクーンで公演された、シス・カンパニー公演、「死の舞踏」「令嬢ジュリー

2作品とも、スウェーデン出身のヨハン・アウグスト・ストリンドベリによる戯曲で、今回、シアターコクーン内に2つの小劇場を特設し、連日、2作品を交互に公演した。(二本立てではない)
「死の舞踏」は2008年、演劇集団円の公演で観た。橋爪功高林由紀子の間もなく銀婚式(結婚25周年)を迎える、腹の底から憎しみ合った夫婦、そこを訪れる妻の従弟…。

考えてみれば、「夫婦」とは、それまで別の人生を生きてきた男と女が、一つ屋根の下で暮らし(子どもを産む産まないはあるが)歳月を経て、年老いて、死ぬまで添い遂げる…凄いことだ。若い男女(でない場合もあるが)がその時の成り行きや感情で結婚し、一生をともに過ごすとは…冷静に考えれば怖ろしいことかもしれない。
離婚が自然なことのようにも思えてくる。
そんな夫婦の極限の不思議、愛憎の不条理…を、「死の舞踏」で見せつけられた。
夫婦の真実を見せられた思いがした。受付で販売していた「悲劇喜劇」8月号(早川書房)を買い、掲載されていた「死の舞踏」の台本を読んだ。
今回、この「死の舞踏」を再読して、シス・カンパニー公演を観た。
公演後、再び「死の舞踏」を読み返した。演劇集団円「死の舞踏」は、これが遺作となった安西徹雄シス・カンパニーはコナ・マクファーソンの翻訳であるが、今回は安西徹雄「死の舞踏」台本を元に書かせていただく。
そもそも「死の舞踏」とは…?中世ヨーロッパ美術で見られたテーマで、ペストの大流行でヨーロッパ中がパニックに陥り、誰にも平等に死は訪れるという死生観がベースになっている。

あらゆる身分の人々が骸骨に誘われ、踊りながら墓場に行進するというもの。ブリューゲル「死の勝利」などが代表的作品。フランスの作曲家、サン・サーンスが1874年、夜中に墓場で骸骨が踊り狂うという奇怪な詩にインスパイアされて「死の舞踏」を作曲。ストリントベリはこれを劇中で使うつもりだったが、イプセンが「ジョン・ガブリエル・ボルグマン」(1896)で使ったため、「ボヤール行進曲」に変更したという。1900年、スウェーデン。港近くのある島。
沿岸砲兵隊の大尉エドガーは、妻のアリスと砲台と海が見える要塞の中で暮らしている。嘗ては牢獄として使われていた異様な建物だ。
エドガーは退役間近、妻のアリスはエドガーより十ほど若い。間もなく銀婚式(結婚25周年)を迎えるが、熟年夫婦の穏やかさは微塵もない。

夫婦喧嘩ではない。日常を保ちながら、水面下で火花が散っている。例えば、
大尉「何か、(ピアノ)弾いてくれんか」
アリス「何が、いい?」大尉「何でも、お前の好きなやつ」
アリス「私の好きな曲、あなた、嫌いでしょ」
大尉「おれの好きなの、おまえは嫌いだろ」アリス「(話を変え)ドア、開けとくの?」
大尉「好きにすれば」
アリス「じゃ、開けときましょ」

場所は嘗ての牢獄である。
どちらも激しい気性の持ち主で、近所付き合い、友達付き合いなど出来ない。今晩、プライベートで開かれる近所のパーティにも招待されていないのである。
アリス「ほんとに、(銀婚式の)お祝いするつもり?」大尉「当然だろう」アリス「隠しとくほうが、もっと当然のことじゃないのかしら?私たちの、この二十五年間の惨めな生活」
大尉「楽しい時もあったじゃないか、時々は。この先、残ってる時間は、そう長くはない。せいぜい楽しくやらなきゃあ。じきに終わりが来ちまうんだから」
アリス「終わり?ほんとに、それで終わりになるんならいいんだけど」大尉「終わりさ、それで、何もかも。後はただ、手押し車に載っけて、庭の片隅にぶちまけるだけ」
アリス「何でそんな面倒なことするの?わざわざ庭まで運ぶなんて」
大尉「別に、おれが決めたんじゃない。そういうことに、なってる」
アリス「面倒ね、わざわざそんな」
…身も蓋もない。
ボケと突っ込みでもなく、台詞の応酬でもない。夫婦の間にわだかまった恨みや辛み…様々な思いが沈殿して、とぐろを巻いているような気がする。
https://www.youtube.com/watch?v=wOLIf2x2UZk