「人生のディナー召し上がれ」(2)

医療の現場では、食事は栄養を摂るための手段なのですね。
病院食でご馳走が出るとか、美味しいとかは、あまり聞きませんよね。
おかゆとか流動食…食事とも言えないような。
去年、父がくも膜下出血で倒れ入院した時、
病院食が美味しくない。
しきりにこぼしていました。
全く食欲もなく、でも、
無理して食べたら吐いた。
…可哀想です。
食べることと生きることに境界はない。
食べることを医療に生かしたい。
そこで始められたのが、平均余命一ヶ月の患者に対する、
週に一度のリクエスト食。
責任者は栄養管理課課長、大谷幸子さん。
長年、栄養士として病院食に携わって来られたそうです。
彼女が言うに、
「病院とホスピスとの考え方、やり方は真逆」
ホスピスでは病院では出ないような食事が出されるわけです。(ジューシーなハンバーグとか)
大谷さんは金曜の午後、翌日のリクエスト食に備え、一人一人に希望を聞いて回ります。
思えば、平均余命一ヶ月、病床15床、末期がん患者の集まるホスピスとは…。
まるで死の家のような。
本来の病院なら、患者の退院を目指して働くことが出来ます。
低い可能性でも、共に戦うことが出来る。
でも、ホスピスは、死というゴールに向かって、患者と伴走するような。
命の限りを知らされた患者さんは勿論、筆舌に尽くしがたい心情ですが、
そんな職場で患者を支えるスタッフは、どのような思いで日々、過ごしているのだろう…と思いました。
お世話してる患者がみんな、次々に、亡くなっていく…想像も出来ません。
「○○さんの何でも好きな物をお出し出来ますから」
一人一人、笑顔でリクエスト食の希望を聞いて回る大谷さん。
退院する可能性のある患者さんなら、夢のある仕事かもしれません。
でも、
これが、最期の食事になるかもしれない。
そんなメニューを聞いているのですから。
誠心誠意、希望を聞いて回る大谷さん、その心情は計り知れません。
番組で流れたのは、末期の膵臓がんでここにやって来た82歳男性、
ばってら(サバ寿司)四巻をリクエスト。
安い給料で働いていた若い頃、安くて美味しいばってらをよく食べたそうです。
笑顔で昔話をする男性と親身に話を聞く大谷さん。
ばってらにまつわる思い出…を聞き出すわけですね。
このホスピスの調理師は3名。
厨房の大黒柱、主任が大谷さんと打ち合わせをします。
ばってらはこの日のリクエスト食、最大の難題だそうです。
何でもこの男性、しょっちゅう寿司を食べに行くそうで、
なんちゃってばってらじゃちょっとなって…」
と大谷さん。
「なんちゃってばってら」なんて、なかなか笑いのセンスあります。
リクエスト食、当日の土曜、主任は一日でばってらを作るため、しめサバ(酢でしめたサバ)を買いに出ます。
19年間、日本料理店で働いていた経験があるそうです。
ところが市場に行っても、
「サゴシ(さわら)やったらあるけど(サバはない)」
生のサバはあるけど、「今からしめると明日やろね」
主任、悩んだ末に、
生サバを自分で(半日で)漬け込む。
ことにします。
男性患者の好みは、
酢がよく効いた昔ながらの味。
主任は、帰り道に見つけた道端のハランの葉をばってらに添えようと思い、持ち主にお願いします。
ちょっと泣けます。
寿司にステーキ、生もの…他の病院では出さない物でも、ここではリクエストがあれば出す。
例え、患者が食べられない状態でも、匂いや見た目で愉しんでもらえれば意味がある。
という考え方。
深いです。
思えば、リクエスト食聞いて回る大谷さんも大変だけど、
人生最期のメニューになるかもしれない料理を作る調理師さん達。
失敗(=美味しくない)は許されない。
想像を絶します。
そうして出来あがったばってら。
責任者の大谷さんが味見して、
何度もうなずいて「美味しい」
そうして土曜、午後6時。
リクエスト食、全7食が完成します。
散々期待させておいて、待ってましたのリクエスト食
期待に応えないわけにはいかない。
ですよね?
リクエスト食は家族で愉しんでもらう、というコンセプトで、
奥さんも来られて、ばってらを前に夫婦の写真撮影。
そして、
「よく酢が効いてるから醤油いらんわ」
「4つ多いと思ったけど、食べられるわ」
男性の何とも言えない充実した表情、それを見守る奥さんの笑顔。
おかゆを食べている時と、全く「目力(めぢから)」が違う、と奥さん。
それはそうでしょう…納得いきます。
でも、平均余命一か月のホスピスです。
素直にリクエストメニューに答えてくれる患者ばかりではありません。
74歳男性の末期がん患者は、結婚して2人の子どもがあるものの、離婚して一人暮らし。
食べたい物がない。
早く往生させて。
そんな患者に大谷さんが誠心誠意向き合って、
お好み焼き。
というリクエストを受け取ります。