「沓掛時次郎 遊侠一匹」(4)

さて、時次郎が一宿一飯の恩義で殺すことになった六ッ田の三蔵。今際(いまわ)の際に、残された妻子のことを時次郎に託します。惣兵衛という熊谷の伯父を頼るように伝えてほしいと。その時、三蔵がある物を時次郎に手渡します。それは、
欠けた黄楊(つげ)の櫛
これは敵に向かう三蔵に、妻のおきぬが最期の別れを覚悟したのか、髪から抜き取ってぱしっ、と割り、片方を三蔵に握らせたもの。おきぬが万感こめて言います。
「待ってるよ」
(いつもの私なら、ここで顔文字入れてるとこですが(汗))
そうして欠けた櫛を時次郎に託して、三蔵は息絶えます。
時次郎とおきぬの出会いの場、「柿」も見事だったけれど、この欠けた櫛の用い方といったら、もう、タダゴトではない
妻子を置いて命の駆け引きに出て行く男と、命がけでも引き止めたい女。そんな女のやるせなさ、情念…それを髪にさした櫛を割り、片割れを男に握らせる。名残り惜しげに櫛を握った手と手が絡み合い…。三蔵とおきぬが、どんな夫婦であり、男と女であったか…雄弁に物語り印象づけます。
そして、最初は三蔵とおきぬの情愛の象徴であった欠けた櫛が、
時次郎とおきぬ
の間で、やり取りされることになり、無言ながら大役を果たします。
死に際の三蔵から「…これをおきぬに…」と手渡された半欠けの櫛。謂わば遺言。時次郎は、
「三蔵さん、確かに」
三蔵の目を見て、思いはしっかりと受け取ったはずなのに、時次郎がこれをおきぬに返すのは、かなり後になります。
結核になったおきぬが安宿の離れで過ごし、時次郎が甲斐甲斐しく看病する。つましい暮らしながら、太郎吉がいて、おきぬがいる。二人を支える自分がいる。時次郎の生き生きした表情は、まるで生気を吹きこまれたよう。ところが、時次郎に追っ手が迫り、自分達がいては足手まとい、と悟ったおきぬは「逃げておくんなさい!」おきぬの決死の覚悟が伺えます。そんなおきぬに時次郎はさらりと返します。時次郎の方から敵陣に出向くと。手向かいしなければ、やくざの流儀で命までは取らないだろう、と。この時です。
行こうとして立ち上がったかと思いきや、背中を向けたまま、三蔵から受け取った、欠けた黄楊の櫛を懐から出します。
「おきぬさん、お返し致しやす」
背中を向けたままの時次郎。
「三蔵さんが今際の際にあっしに手渡しなすった品でござんす。お前さんにいつ返そうと思いながら、あっしは…肌身離さず…」
返さなければ…思いながら、返せなかった。時次郎の葛藤。こんな大事な台詞なのに、おきぬと目を合わせようともしない。「肌身離さず」…見ているこちらが、ドキリとします。時次郎のふりしぼるような告白。時次郎は、
目を合わせられない。おきぬの目を見られない。
んですね。命までは取らないだろう、と思っても多勢に無勢。どうなることか保証はないのに、そんな台詞は他人事のようにサラリと言えても、こんな一世一代の告白は背中向けてしか言えない。言ってはならない、と思ってる。でも、ひょっとすると、これが最期の別れになるかも…そんな逡巡があったのかもしれません。
言い終わって、ようやく時次郎はおきぬを見ます。此処まで来ても、二人は抱き合うこともなく、見つめ合ったまま立ち尽くします。この片割れの櫛…それは時次郎にも、おきぬにも、三蔵の存在を彷彿とさせる。だからこそ、切なく、残酷です。
殴られ蹴られ、無理やり刀を持たされ挑発されながら、無抵抗を貫いた時次郎…。春が来て…。
おきぬの病も回復の兆しを見せ、すべてが好転するような気配を見せる。時次郎と太郎吉は実の父子のような仲の良さ。もう少しで旅立てると医師の許可も出た。時次郎の故郷、沓掛の叔父が迎えてくれるという返事も来た。しかし、そんな幸せが、逆におきぬを追い詰める。
「三蔵さん…あたしゃこの頃、お前さんに手を合わせるのがつらいんだよ。…悪い女だねぇ」
池内淳子演じるおきぬの、この「悪い女だねぇ」…後半に再度登場しますが、実にいい!そして…「悪い女」になり切れないおきぬ、三人で旅立つというその日、
時次郎の前からこつ然と立ち去ります。
時次郎が戻ると、無人の部屋、膳の上に花が飾られ、割られた櫛がふたつ…。
(いつもの私なら、ここで顔文字入れてるとこですが(汗))
私がとても好きな場面がこの前にあります。旅支度に時次郎が草鞋(わらじ)を買うところです。
「この草鞋を二足……それから子供のがほしいんだがね」
抜けるように明るい時次郎。ここで注意したいのが「草鞋」。それまで何度も「草鞋」という台詞は登場します。「草鞋を脱ぐ」=一宿一飯の恩義に預かる、宿を借りる。「草鞋を履く」=宿を借りた先を出る。草鞋は、つまり渡世人の必須アイテム。この「一宿一飯の恩義」で何人殺してきたか…。時次郎としては忌まわしいものだったはず。それが、ここで買う「草鞋」は、旅立ちの象徴。それも一人ではない。愛する者、守るべき者…とともに新しい人生を踏み出すような、夢と期待に満ちた旅立ちなわけです。「子供のがほしい」――時次郎の弾む心が目に見えるようです。スキップして宿屋に帰ったとしても不思議ではない(笑)。それが…帰ってみれば待ち人はおらず。半欠けの櫛がふたつ、残されているばかり。時次郎の心情…察するにあまりあります。
(いつもの私なら、ここで顔文字入れてるとこですが(汗))→もうええ!(*`ε´*)ノ_彡☆バンバン!!