正直な祈り(2)

私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。
使徒の働き 14章22節)

「わが子よ、主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない」
(ヘブル人への手紙 12章11節)

神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。
(コリント人への手紙第一 10章13節)

…とまぁ、こんなふうにクリスチャンには試練とか忍耐が用意されており…神による愛のムチを受けるわけです。聞くところによると、信仰が深まれば深まるほど、より大きな試練が与えられるとか。恐ろしいですf(^ー^;

そして、前回の続き、礼拝に一年通いつつも仕事が与えられない姉妹(=女性信者)。60を過ぎた年齢を考えれば仕方ないとも言えますが。とにかく、元はハイソな教養人。プライドかなぐり捨てて職安に行っても相手にされず。
「忍耐は嫌ですね。嫌いです」
と祈りながら慟哭(どうこく)するわけです。
そんな姉妹のことが、ずっと気になってたのが、新年初の礼拝で顔を合わせました。その、スッキリした顔ったらない。
「どうされてたんですか?ずっと気になってて」
声をかけると、
「仕事が見つかったんです(^ー^)ノ」
「ヤァ \(⌒∇⌒(⌒∇⌒(⌒∇⌒)⌒∇⌒)⌒∇⌒)/ ヤァ」
「郵便局の仕分けなんですけどね」
…よく見かけるアレ?
「もう、単純作業なのはいいけど、休みはないし低賃金だし、待遇悪いからすぐ、みんなやめちゃう。だから増員で使ってもらえたんですけど。自慢じゃないけど、一日も休んでません(^-^)v」
このハイソな婦人が年末年始の郵便物の仕分けやってる姿は、なかなか想像すると興味深いのですが…。
「周りがみんな若い人で、だから若い人達に混じって愚痴言いながら働くのも楽しいです」
と実ににこやか。確かに、クリスマスからお正月…一人暮らしの部屋でぽつねんと過ごすことを思えばどれほど幸せなことでしょう。
「私はじっとしてるのが嫌なのね。だから『生活保護』受けるなんてまっぴら!いつまでって期限があるなら別だけど、アテもなく国のお世話になってじっとしてるなんて、死んだほうがマシ( ̄へ  ̄ 凸」
こういう性格、好きですね〜。
聞けばバイト期間は13日までとか。
「後は知りません。今のことしか考えない。独り身だし、やるだけのことやって、いつ死んだっていいし。ただ…地獄だけは嫌!」
「そうそう。私もそうなんです。『天国に行きたい』っていうより、『地獄だけは勘弁』」
顔見合わせて頷き合う。なんか、話が合いそう。
「姉妹は救われてるんですか?(救われる=主イエスを唯一の神と受け入れる。これによって、死後は天国へ行ける)」
と聞いてみました。何やら祈り会の席では、「悪魔と手を結ぶ」とか「逃げようとすると引きとめられる」とか…。カソリックの環境で育ち聖書の知識は豊かなものの、精神的な部分でイエス・キリストを信じているような感じではありませんでした。
「それまでは八百万(やおよろず)の神とかいい加減だったけど、仕事が入る少し前にイエス様だけを信じることにしました」
「そしたら、仕事が入ってきた?」
「不思議なことに採用されたんですよね」
「それまで一年間、祈ってこられたんですよね?」
「でも、色々注文つけてました(/-\*)『どんな仕事でもいいのでください』って初めて祈りました」
「(*゚▽゚)*。_。)*゚▽゚)*。_。)ウンウン」
聖書にはこうあります。
「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です」
ヨハネの手紙第一 5章14節)
「神は願いに答えてくださる」
と姉妹方は言われます。だから、
「祈らないと損」
そして問題は、「神のみこころにかなう願い」という点なんですね。この点、
「どんな仕事でもいいので」
という姉妹の願いが、神のみこころにかなった、と考えられます。
":*・゚☆.。.:*・゚£(。・""・)o[†...Thanks...†]o(・""・。)β。.:*・゚☆.。.:*"
「神は願いに答えてくださる」
という経験を重ねることで、ただ聖書の御言葉を信じるのではなく、主が自分の上に生きて働いてくださる、と感じ、信仰が深まってゆくようです。
そうですね、私も今、経験を重ねているところです。小さなことを言えば、眠る前、「深い眠りにつかせてください」と祈ると、本当にスッ、と寝付き、ぐっすり眠れるようになりました。元来、寝付きが悪く、不眠症で薬のお世話になってたこともあるのですが。
60過ぎた姉妹に、郵便局の仕分けの仕事が入ったことより、驚くべきは、この姉妹の様子が全然、変わったこと。確かに、低賃金でも収入があり、年末年始を若者と働いて過ごせたことはラッキー!ではあるものの、所詮は一過性。この日は8日だったのでバイトが終わる13日まで後わずか。また元の、仕事のない孤独な暮らし…"(-""- )"となるはずが、さっぱりと抜けたように明るい。これは…
エス様と出会い、本当の意味で救われた。
としか思えませんでした。礼拝に集う兄弟姉妹(兄弟=男性信者)には、過酷な現実を抱えながらウソのように明るい人達が沢山おられます。
今日は17日。15日の礼拝は出席出来ませんでした。バイトが終わって、姉妹はどのようにされてるのか…。気になります。
"+;・ο。.・;+:+.。ο・;+*:゜・☆ヾ(・ェ・。`U 了└|力""├♪"