合格取り消し(5)

双子の姉、αが大学に合格しながら、入学手続きの不備で入学できなくなった。

まさに青天の霹靂(へきれき)だった。

クリスチャンとして、娘達の進路のことは祈り続けてきた。

なまじ、娘達が勉強できれば親として夢や理想ももっただろうが、

勉強ができる以前に、勉強しなかった。

「勉強しなければ」と思っても、「勉強(に集中)できない」

そういう子どもも、少なくないのだろうと悟った。要するに、

努力できない。

大学受験どころか、高校卒業も危ういレベルだったから、

娘達に対する、自分の夢や希望は捨てた。

捨てることができたのである。

有名大学に入ることが、娘達にとって最善の道とは限らない。

娘達の最善の道を知るのは主イエス様だけである。なので、

娘達の最善の道を整え、拓(ひら)いてください。

と祈り続けたのである。

と……忘れもしない3月10日、第一志望ではなかったが、最初の合格発表で、

αは合格を勝ち取った。

βは追加合格候補。

βはともかく、αの合格はありえなかったから、

主がαの最善の道を拓いてくださった。

のだと受け取った。その後、第一志望は不合格だった。

ところが、その最善の道が閉ざされたのである。

実は、不思議な導きもあった。

αの担任教諭がαの合格した▲大学の出身で、▲大学に知り合いの教授がいるから話してみると、言ってくださった

同じ教会の信者が、噂(αの合格取り消し)を聞いて、知り合いに▲大学の教授がいる、と動いてくださった。

その度に、祈った。ただ、

αを▲大学に入学させてください。

とは祈らなかった。

αにとって最善の道を守り、導いてください。

―――そうして、大学入学の道ではなく、αは浪人することとなった。

そして今、あのようなかたちで、すなわち、

大学に合格しながら、入学できなかった。

ということが、

αにとっては唯一無二の、最善の道だった。

と感じている。

大学合格できた。

ことで、αは妹βに対するコンプレックスもなく、余裕をもって浪人できた。

また、「入学できなかった」ことで、逆に、

大学生になりたい。

というモチベーションも生まれたようである。

親としても、

大学に落ちまくって、浪人。

するより、余程、気は楽である。

妹のβも、αを教訓にしたようである。

このことを通して、αもβも、成長した。

あのままαが▲大学に入学していたら……

と思うと、恐ろしい。