赤い血を流して生きる。
「お会いしたい、おはなししたいことが一杯です」「〇〇(自分がいるところ)まで飛んでゆきたい」──こんな手紙をもらったらどうだろう?どう見ても、熱烈なラブレターである。
これを書いたのが誰かというと、93歳の染色家、志村ふくみ。受け取ったのは作家、石牟礼道子、90歳。2011年、東日本大震災の2日後、2011年3月13日に出されたものだ。
志村ふくみ、石牟礼道子「遺言 対談と往復書簡」を読んだ。2人は30年前、週刊誌の対談で出会い、以後、交流を深めた。生きた時代も重なり、生き方や価値観も合ったのだろう。そうして、2011年3月11日、東日本大震災。京都在住の志村ふくみは被害にあったわけではないものの、
「こんな老齢になってまだ滅亡の姿をみるとは、現実のもの凄さ、これが本当に起こっていいのか、目を覆いたいようです」
悲嘆にくれる。
「どう暮(すご)してよいのか、ただ仕事をするしかありません。本を読み、考えるしかありません。石牟礼さん、本当にどうしたらいいのでしょう…」
絶望の中で「石牟礼さん」にすがる思い…。
93歳…(言っては難だが、全然、枯れてない)。凄いものだと思う。人間国宝だけのことはある。
受ける石牟礼道子も、動じない。石牟礼は、水俣病の実態を被害者の証言をもとに描いた小説「苦界浄土」で知られる。パーキンソン病を患い、歩行も困難な状況の中、人生最期の作品(になるであろう)に取り組んでいた。それは新作能で、衣装担当を志村に願う。志村は「心、とどろく思い」と言って受け入れる。
このあたりも、大恋愛を見るようである。
そうして2018年秋、初演を迎えた石牟礼道子原作の新作能、「沖宮(おきのみや)」…。昨年2月10日に亡くなった石牟礼は間に合わず、一人で見ることになった志村ふくみ。その思いはわからない。
「人生100年時代」と言われる。確かに平均寿命は伸び、90代、100歳を迎える高齢者も珍しくはない。けれど、このような、真っ赤な血の流れるような90代が何処にいるだろうか…?
長生きはいい。けれど…できることなら、「生きている」だけではない、赤い血を流して生きていたい。